さすらい

心の中の荷物が重すぎて最近の私はひたすらあてもなくさすらっている。
森の中、ゴッホの絵の中、運慶の作品が展示された空間。
今のこのさすらいの時が無意味なのか?私には分からない。でも今の私にはそれがどうしても必要で。
さすらい人は「流離人」と書く。
私がいた場所に、いつの日か戻る時が来るまで、ただひたすらさまよい。

私が捜している何かを見つけられる日が、
来るのだろうか。

2017年12月1日 | カテゴリー : チャマメ | 投稿者 : 牧田ゆき