オーボエとの出会い(それはウィンナーオーボエ)

幸せなことに、両親は私をたくさんの演奏会に連れて行ってくれた。
中学校の帰りに上野文化会館へ行ってヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコフィルの「モルダウ」を聞いて気持ち良くなってウトウトしたり、バイエルン国立歌劇場来日の時のオペラ「ドン・ジョバンニ」にワクワクしたり、まだまだ数え切れないたくさんの凄い公演を、感じやすい思春期に聞くことが出来た事は心の財産となった。

そして決定的だったのは、1975年1月27日(モーツァルトの誕生日)都市センターホールでのウィーンフィル木管五重奏団演奏会。オーケストラと違いひとつひとつの楽器を身近に聞ける室内楽で私の心を捉えたのはオーボエ。
私はその音色に恋をした。
オーボエはヴァルター・レーマイヤー(Walter Lehmayer)
2カ月後、彼らは再びカール・ベーム指揮ウィーンフィルの公演で来日した。
この時のコンサートはNHKのテレビやFMラジオで放送され、私はカセットテープで毎日毎日、聞き続け、オーボエへの気持ちは揺るぎ無いものとなって行った。
あまりに夢中になっている私に両親は都立高校入学と共にアメリカ製のプラ管のオーボエを買ってくれた。

これが、それから続く、長く曲がりくねった厳しい音楽への道の始まりだった。

2022年12月16日